だいたいの建築 そして、ニエキラナイ建築2

2008年12月31日 | コメント(4)

補足。(妻に、もうちょっと説明しとかないと、お客さん来ないよと脅されたので...。)

常日頃、考えているのは、生活や活動があって生きてくる建築。また、建築によって活きてくる生活や活動、そして環境。
設計において、隅々まで気を配るのは当たり前だけど、ちょうど良い塩梅(だいたい)にしておくことの大切さ。煮えきってしまった料理には素材の瑞々しさが無いのだけれども、ニエキラナイ建築は生活や活動に自由と潤いをもたらしてくれる。

意外と良い言葉なんじゃないかな。「だいたいの建築」、「ニエキラナイ建築」...。


さて、あっという間に大晦日。先行きが見えない世の中ですが、新年を迎える初々しい気持ちを胸に頑張っていきたいと思います。 

では、良いお年を...。

コメント(4)

好きですよ、だいたいの建築。
芯を通した上での、だいたいのスタンスが大事だなぁと。ガチガチに固めちゃうとフットワークが鈍くなって柔軟に対応出来なくなっちゃいますからねぇ。
あ、今年もよろしくお願いします〜

「だいたいの建築」の命名者から、ありがたきオコトバ…。

昔は、結構ガチガチに考える方だったんですが、そんなデザイナーの独りよがりなデザインはウットウシイだけなんですよね。「大きい意味」を模索し、芯を通した後は流れにうまく乗せていくことがスマートで良いんじゃないかと思います。以前、勤めていた事務所の所長である祖父江義郎氏の言葉ですが、「人は説教をするのは好きだけど、されるのは嫌い」なんですよね。施主に「説教くさいデザイン」ではなく、「芯の通ったデザイン」を提案したいですね…。おっ、新しいキャッチフレーズができましたね。何か健さん、文太さん、拳さんみたいだな…。
別のコメント返信でもかきましたが、原っぱの中の高性能でカッコイイデザインの遊具より、原っぱの中の大樹のようなものをデザインしたいです。

demuさん、今年も宜しく御願いします。

あけましておめでとうございます。煮え切らない建築を語りに参りました。煮え切らない建築は、「いま」を持ちません。歴史的です。歴史は、出来事の連続ではありません。過去だけのものでもなく、これからやって来るかもしれない時間をも含みます。やって来るかもしれないし、やって来ないかも知れない。又、過去から未来へというものでもなさそう。
歴史の話は、今度しましょう。モチーフは、コロンブスです。
煮え切らない建築は、イメージから、遠くにあります。ならば、何の近くにあるのか?そもそも距離は測かれるのか???実は、この辺を上手に語る現代日本語はまだないんじゃないかと思っています。ここ数年イメージを現代日本語訳したいと取り組んでいるのですが、どうもしっくりいきません。暫定的に連行としていますが。
この辺の話も今度したいです。モチーフは、そうですね、村上隆とリックタイマン他、にしませんか。

トモタカさん、おめでとうございます。

う~ん、ムズカシイ話はおいといて、オモシロイ話を今度しましょう。
そうだ、トモタカさんもリアル・ジャパンに行かれては?

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